劇中劇

美しき盃


その造形も色艶も

漆塗りの手触りも

世に盃は数多あれど

この名器に及ぶものなし


日射しにあてて眺めれば

光、恥じて頬を赤らめ

月明かりのもと掲げれば

満月さえも蒼ざめる


類稀なる美しさ

長じて奇跡を現しむ

盃に水、注ぎ入れるや

たちまち酒に変じせしむる


この酒

呑めば口中百花乱れるがごとし

一口目には歌い出し

二口目には踊り出す

下戸はその香にあたるやいなや

天駆け巡る龍になる


噂も世間を駆け巡り

盃、ときの王の手に至りぬ


現神人の王なれど

武芸百般の王なれど

半信半疑の人たれば

盃の奇跡、人を選ばず


王は天守で酒浸り

家臣も合わせて酒浸り

いつしか国は滅ぼされ

民も宝も散逸し

かの盃もどこへやら



さあさあお目にかけるのは

あれから幾百幾千年

ときに血塗られ人手に渡り

ときに流され波間を漂い

それでも傷を付けぬまま

色褪せ一つせぬままの

正真正銘、美しき盃でござる


いや、目を見れば解ります

言いたいことは解ります

目は口ほどに物を言う

がらくたお猪口の叩き売り!

口からでまかせ嘘八百!

子供騙しもいいとこだ!


しかしその目の片隅に

疑う心と裏腹な

信じる心も見えるのです

もしかするとと願ってる

の王と同じ人の心が


本日大安日曜日

弘法大師の誕生日

特別お目にかけましょう

この水差しの水を盃に

注いで酒に変えましょう


はいはい、旦那、落ち着いて

この水差しにあらかじめ

酒が仕込んであるならば

酒を酒にするだけの

手品に過ぎぬと言うのでしょう

さらば一口この水を

見ずに自らお飲みなさい


そう何度もぺちゃぺちゃと

水かどうかを確かめる

旦那は水を知らぬのか?

いや冗談はさて置いて

論より証拠、盃の

不思議をお見せいたしましょう!


やあやあ皆さん昼間から

一杯機嫌でご機嫌よう

おかわりってお姐さん

つまみを出せって旦那さん

ここは飲み屋じゃありません!


さあさあ皆さんこのお猪口

いや、この美しき盃が

伝説通りの盃が

今ならたったの二千円!


ほらほらそんなに押さないで

慌てないでも大丈夫

本日大安日曜日

弘法大師の誕生日


こんなこともあろうかと

いくつか用意はあるんです

数に限りはありますが

迷う暇はございません


こんな出物は滅多にないよ

次に出るのは百年後

あんたも、あんたも墓の中

あんたはとっくに墓の中

さあ、買った買った

早いもん勝ちだ!




                オシマイ


 はは、外郎売っぽい話を書いてみました。つまり、水を飲んだ旦那が露天師のグル(サクラ)だった、という古典です。ちょっと昔までは、こんなことが結構大っぴらに行われていました。のんびりとしたいい時代でした。



 で、私はこんな場面が大好きなんです。この場面は、演劇でいうところの劇中劇に相当します。特にサクラの男役には、二重の演技が要求されることになります。(そもそも観客相手に演技しているうえに、役者相手にも演技しているということです。この場面以外にもサクラの男に出番があると、芝居の質に違いがあることが分かるわけです)いや、この劇中劇って、簡単に見えるようで、実際に身体を動かしてやってみると、奥が深く、なかなか難しいんです。芝居を始めたばかりの人が、ああ、芝居って面白れえな! これ、出来たらスゲえじゃん! 畜生、極めてやるぞ劇中劇! なんて感じるポイントでもあるのです。(私がそうでした。極めていないけど)


私たちは、確かに普段の生活で「芝居」をしています。ですから、もし、舞台の上に急に立つことになっても、それなりに芝居はできるんです。いや、結構うまくやる人もいるので、その意味では俳優の存在価値は相当に揺らぎます。でも、劇中劇のように、二重三重に演じる必要って、舞台の上では当たり前ですけど、日常生活の中ではあまり起こることではありませんよね? 俳優は、劇中で芝居をしていることを客に分からせなければなりません。説明的にではなく、それとなく、しかし、はっきりと。(ムズ!)


ですから、本を読んで、劇中劇の場面をとらえ、世界の二重三重構造を的確に活写出来る俳優は、これは相当の天才か、あるいはそれなりに修練を積んだ、優れた俳優だと言えるのです。まあ、私はそう思っています。特に舞台で演じる俳優は、俳優であることに誇りを持って生きているということです。


コロナのために中止になっている舞台が、また出てきています。中止の線引は難しいと思いますが、動き出したら最後までやるのが舞台です。あの状況下でオリンピックを中止にしなかった政府の「大英断」を見倣い、舞台も、力強く推し進めていくべきでしょう。俳優の皆さん、応援しています!


 

本文とまるで関係ありませんが、我が実家から0分。鷹番塚横穴墓群。子供のころはこの中に入って遊びました〜

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