書棚哀歌

 

 我が書棚には、主人に読まれぬままになっている書籍が少なからずある。不幸なる彼等は、その本領を発揮する機会を奪われ、埃を被り、ぎゅうぎゅう詰めにされている。その憐れなる姿は、小さな画面に詰め込まれたズーム会議の参加者のようでもあり、また、永遠の通勤ラッシュ地獄に墜ちたサラリーマンのようでもある。


 しかし、三島由紀夫が(毛嫌いしていた)太宰治にびったりと寄り添っていたり、書店では決して並んで立つことのないであろう獅子文六とルドルフ・シュタイナーが濃厚接触していたりする様子は、我が寂しき心を慰めてくれないこともない。


 私は長年、この書棚からその時々の気分に合った一冊を抜き取り、ポケットに突っ込んで出掛けるのを習わしとしているのだが、彼等は、大抵はポケットから取り出されないまま、少し歪んだり湿ったりして、元の場所に戻されることになる。しかもそのとき、多くの場合、私は新たな犠牲者を懐に忍ばせている。そして、最早どこにも残されていないはずの隙間を探し、力任せにぎゅうぎゅうと差し込むのである。「ああ、肉づきのいいおっさんかよ!」「また、ミステリアスな外国人か!」「同じのが奥にある! 奥の細道!」彼等の悲痛な声が聞こえてくるようである。



夜、視線を感じたその先に。

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